Yun-Miko’s blog

「花群」に書き連ねた母の思い。80歳を記念し思い出とともに・・・

あなたへ

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花群第114号(R2.11より


「たまに映画に行くのもいいじゃない?」

誰かが発言した。

「いいなぁ」

「いいわよなぁ」

と賛成多数であたふたと映画鑑賞が決まった。

 九月某日、賑やかにおばさんたちが映画館を目指す。

 おばさんメンバーは、かつて同じ町内の婦人部に籍を置いていた。年々戸数が増えてもう更地がどこにもなくなった頃、町内が三つに分割され、当然婦人部も解体されてそれぞれの町内に分かれていった。

 リーダー格のKさんが動いた。

「せっかくここまで親しくなったんだもの、このまま分かれるなんて嫌よね。

 町内とは別に私たちのグループをつくりません?」

 この発言がきっかけで「なごみ会」が発足した。おばさんメンバーはその「なごみ会」のメンバーなのだ。独立独行の運営は会費制で、地区のコミセンを主会場にして年十回ほどの集まりがある、もう二十年も続いているグループだ。

 

 その時上映されているのに高倉健主演の『あなたへ』があった。健さんはメンバーたちとほぼ同世代で憧れの存在でもあるので、迷うことなくそれに決まった。秋彼岸の仏ごとを済ませたメンバーにはほっとする頃でもあり、興味ある映画になるはずだ。

 

 健さん扮する倉島英二は、刑務所の指導技官である。仕事一筋で独身を通していたが、壮年になって結婚。子どもはいない。最愛の妻を五十三歳で亡くした。妻から「故郷の海に散骨してほしい」という絵手紙を受け取る。英二はそれを実行すべく、キャンピングカーで富山から長崎へ向けて出発する。

 車に寝泊まりしながら、途中でいろんな人たちとの出会いをする。長崎に到着したが、風が強くてどこへ頼んでも船を出してくれるところはなかった。嵐の夜、港のそばで食堂を営んでいる親子から温かいもてなしを受ける。そして大滝秀治扮する漁船の親父さんの好意で無事散骨を済ますというストーリーだった。

 花束が波に漂う中、散骨がなされた。

 グッとくるシーンであった。

 映画が終わった。

 八十歳を超えても変わらない健さんの魅力が、いつまでも館内に残っていて、しばらく立ち上がる人がいなかった。

 誰もが自分の未来と重ね合わせて考えてしまった。

「どうする?」

「散骨もいいかも」

「美しく見えるけれど、やっぱり今のままでやるしかないと思う」

 様々な意見が飛び交う。

「それって、自分が考えることなの?黙って逝っても子どもらがやってくれるんじゃないかな」

「子どものいない人はどうなるの?」

「兄弟や親せきがいるじゃない」

 結論の出ない議論がいつまでも続いてランチどころではない。

 あとどれくらいなのか、自分の先は誰も知らない。が、必ず、逝くことは決まっている。

 うーん、ウーン、切ないねえ。

 これが健さんの二百数十本の最後の映画になったそうだ。

 課題の残った映画鑑賞になってしまった。もう少し明るい映画にすればよかったかなと思いながら家路を急ぐ。

 

 帰宅すると電話が鳴っていた。待って、待ってと言いながら鍵を開けたが、同時に電話は止まった。そして、また鳴った。

「弟が今、息を引き取った」

 義姉からの電話だった。弟、それは娘たちの父親である。

 自分に真正直にだけ生き切った彼、七十歳でその生涯を終えた、たった今・・・・・・。

帰り道、考え続けていた「死」についてが、突然現実になって私は動揺した。

 

 もう、八年前のことになってしまった。

 映画を思い出すたびに彼と重なり、彼を思い出すたびに映画が目の前に映し出される。『あなたへ』を鑑賞した日と、彼の死が重複して忘れられない映画になってしまった。

 

 あなたの生き方は本意でしたか?

 悔いはありませんでしたか?

 娘たちへ済まないと思ったことはありませんでしたか?

 孫たちを見たいと思いませんでしたか?

「でしたか?」

「でしたか?」

「でしたか?」

「‥‥‥‥‥‥」

 聞いてみたいことがたくさんあった。普通にしていれば、良い伴侶に恵まれた娘たちの姿や、四人の孫の顔などを見ながら平々凡々に暮らせたはずなのに・・・・・・。

 空になった通帳を残された途方に暮れたあの日から、歯を食いしばって生きてきて、今は幸せな日を過ごしている。 

 「若い時の苦労は買ってもせよ」の言葉どおり、老後に苦労は残していない。よかった?